ひきこもり:家が仕事場だった時代
逃げたなどと言わないでほしい。準備中なのだ。
1. 部屋の中の人
韓国には、部屋から出ない青年が最大で54万人いる。2023年に保健福祉部が示した推定値である。日本はそれよりも先を行っている。内閣府が2022年に実施した調査によれば、15歳から64歳までのひきこもりは146万人にのぼる。人口の2パーセントである。中国では近年、「全職児女(ぜんしょくじじょ)」という名のもとに似た現象が広がっている。呼び名も数字も異なるが、東アジアの三つの国が今、同じ現象に向き合っている。
この人たちに付けられた名前は多い。ひきこもり、은둔형 외톨이(ウンドゥンヒョン・オトリ)、social withdrawal。言葉は違うが、三つの言語が共通して指しているのは一つである。「社会から退いた人」。この名前の中にはすでに判断が含まれている。「退いた」とはいるべき場所から離れたという意味であり、いるべき場所から離れたということは連れ戻さなければならないという意味である。この三十年間、日本の政策、遅れてやってきた韓国の対応、中国の社会的言説は、すべてこの判断の上に立っていた。退いた者を再び連れ戻す方式。カウンセリング、集団プログラム、職業訓練、再参入支援。三十年が過ぎ、数は減っていない。日本ではむしろ若年層から中高年層へと広がり、「8050問題」という名前までつくられた。80代の親が50代の子を扶養する構造である。方法が正しければ、こういう結果は出ない。方法が間違っているのだ。
方法が間違っている理由は単純である。彼らは逃げたのではないからだ。
彼らは準備している。次の段階の人生を準備しているのであり、その準備が外からは見えないだけである。部屋の中で起きていることは、何も起きていないことではない。回復が起きていて、思考が整理されていて、次のための体力が蓄積されている。外から見ると何もしていないように見えるが、内側で起きていることは決して小さくない。この準備を「逃避」と呼んだ瞬間、私たちはすでに最初のボタンを掛け違えているのである。
筆者も分かる。数ヶ月間、就職ができずに部屋にこもっていたことがあった。その時期は、筆者が経験した中でもかなり大きな苦痛であった。ドアの外から聞こえる家族の足音、過ぎていく時間を示す太陽の角度、履歴書を送っても返信すら来ないメールボックス。その部屋にいた人間にしか分からないことがある。それは逃避ではないということである。逃避できるなら、その部屋にはいない。逃避する力さえ残っていないとき、人は部屋にいるのだ。
では、問いが生まれる。一体、いつから家にいることがこれほど問題になったのか。
2. 家にいる若者はいつから異常になったのか
今日の私たちは、家にいる若者を見ると反射的に判断する。「あの人は働いていない」と。この判断は私たちの頭の中で極めて自動的に起こる。あまりに自動的で、これが判断であるという事実すら忘れてしまう。水が低い方へ流れるように当然の事実として感じられる。親が成人した子に「いつ出ていくのか」と問うことが当然に聞こえ、履歴書に空白期間があれば説明を求められることが当然に聞こえ、三十代が親と同居していれば「自立できていない人」として扱われることが当然に聞こえる。
ところが、この当然さ自体が奇妙である。
人類は数千年の間、家にいた。家にいる若者が異常とみなされたのは、ごく最近の出来事である。朝鮮時代の青年は家で暮らしていた。結婚した後も大家族の中に残っていた。親元を離れることの方が、むしろ不孝とされた。ヨーロッパの中世農民の家庭も同じだった。子が二十歳を過ぎても親の家と農地に留まって働くことが一般的な形であった。中国の古代から近世までも三世代が同じ家に暮らすのが標準であり、日本もまた明治維新以前までは、家業を継ぐ青年が家に残ることが自然であった。
今の私たちが「家にいる若者=異常」と読むその視線は、歴史の中の数多くの文明、数多くの世代から見れば理解できない視線である。彼らにはむしろ「家を離れた若者=異常」の方が自然な判断だったはずである。戦争で兵役に取られたか、借金で家を出たか、家族と大きな問題があって離れた場合にのみ、若者は家の外に出た。自分の意志で家を出て、別の都市の見知らぬ建物に出勤することが正常だという感覚は、人類史の大部分には存在しなかった。
ではこの感覚はいつ作られたのか。
いつから家は仕事場ではなくなり、いつから家にいることは「何もしていないこと」になり、いつから家事労働は労働ではなくなったのか。
3. 家が仕事場だった時代
産業革命以前の数千年間、人類にとって家は眠るための場所ではなかった。家は働くための場所であった。より正確に言えば、「生きていくうえでのすべての仕事」が繰り広げられる場所であった。この事実は今の私たちには馴染みが薄いが、学界では古くからの常識である。英国の歴史人口学者ピーター・ラスレット(Peter Laslett)は、1965年の著書『われら失いし世界(The World We Have Lost)』において、前近代ヨーロッパの家庭の姿を記録した。彼の表現によれば、前近代の家族は単なる居住単位ではなく「生産単位」であった。すべての家族成員が同じ空間で同じ経済的活動に参加し、家はそのすべての活動が収斂する中心であった。
韓国の伝統的な農家を思い浮かべてみよう。庭があり、水田があり、畑がある。台所があり、かまどがあり、醤甕台(ジャンドクテ、味噌や醤油の瓮を置く台)がある。外厩(ウェヤン、家畜小屋)には家畜がおり、井戸では水を汲み、機織り機では布を織る。このすべての空間が家であり、このすべての空間で労働が行われた。男性は主に田畑で働き、女性は主に台所と機織りで働いたが、重要なのはすべての人が「家で」働いていたという事実である。若者は家にいれば自動的に労働の体系の中にいた。父の農作業を手伝うか、母の家事を手伝うか、家畜を世話するか、使い走りに出るか、その何であれ、彼は「働いている人」であった。
ヨーロッパも変わらなかった。14世紀から17世紀までのヨーロッパの農家経済は家族単位で構成されており、男性と女性が同じ空間でそれぞれの専門労働を遂行した。英国の歴史学者アリス・クラーク(Alice Clark)は、1919年の著書『17世紀イングランドにおける女性の労働生活(Working Life of Women in the Seventeenth Century)』で、この時代の家庭を「家族経済(family economy)」と呼んだ。妻は夫の同伴者であり、二人は同じ家業を共に営んだ。女性がビールを醸造し、パンを焼き、布を織り、牛の乳を搾ることは、家庭の付随的活動ではなく、家庭収入の中心軸であった。
この時期の「仕事」と「家」は概念的に区分されなかった。正確に言えば区分する必要がなかった。仕事場が家であったからである。当時の人々にとって「仕事に行く」という表現そのものが耳慣れないものであったはずだ。仕事はどこかへ行ってするものではなく、今この場でするものだったからである。
この体系が崩れた。極めて短い時間のうちに、極めて徹底的に。
4. 家事労働軽視の二百年
崩した力の名は産業革命である。1760年ごろにイギリスで始まり、ヨーロッパと北米へ広がったこの変化は、人類の労働構造を二百年で完全に再編した。そしてこの再編の過程で、一つのものが決定的に格下げされた。家で行われる労働、すなわち家事労働である。
空間の分離
最初に起こったのは空間の分離であった。手工業の段階では、職人の家がそのまま工房であり、農夫の家がそのまま農場であった。しかし工場が登場してから事情が変わった。機械は家の中に置けなかった。巨大な紡績機と織機、蒸気機関、そしてこれらを運転する工場は、家と分離された巨大な建物に設置され、労働者はその建物へ「出勤」しなければならなかった。人類史上はじめて「出勤」という概念が生まれた。働くために家を離れるという奇妙な行為が、当然のものとなったのである。
この分離は単なる空間の変化ではなかった。それは人間の生を二つの領域に割った。家の外の領域と、家の中の領域。公的な領域と私的な領域。賃金を受け取る領域と賃金のない領域。そしてこの分割とともに、領域間の序列が発生した。
「領域分離」イデオロギー
学界はこの序列を「領域分離(separate spheres)」と呼ぶ。18世紀後半から19世紀を経て、西欧社会は「男性は公的領域、女性は私的領域」という二分法を制度化した。フリードリヒ・エンゲルスは1884年の『家族・私有財産・国家の起源』でこの変化を鋭く指摘した。資本主義が登場して以降、家はもはや生産手段を統制できなくなり、その結果、家は「私的で分離された領域」へと格下げされ、家で行われる労働もまた社会的評価の低下の対象となった。
注目すべきは、家事労働の「量」が減ったのではないという点である。料理は依然として必要だったし、掃除も依然として必要だったし、子育ても依然として必要だった。減ったのは家事労働の「地位」であった。賃金を授受しないという理由で、測定可能な経済指標に現れないという理由で、この労働は「本物の仕事」のカテゴリーから押し出された。工場で働いて金を持ち帰る夫は「働いている人」であり、家で同じように夜明けから夜まで働いている妻は「働いていない人」となった。
この奇妙な二分法は今も私たちの頭の中で作動している。ある人が「私は今、仕事をしておらず、家で子育てをしている」と言うとき、その言葉がどれほど矛盾しているかを、私たちはほとんど感じ取れない。子育ては二十四時間の強度の高い労働であるにもかかわらず、賃金がないという理由で仕事のカテゴリーから抜けている。
韓国の凝縮された二百年
西欧が約二百年をかけて経験したこの変化を、韓国は三十年から四十年で凝縮して経験した。1960年代までは韓国の家はまだ農耕社会の家であった。田があり、畑があり、家畜がいた。家族単位の労働が行われる空間であった。ところが1970年代の朴正熙政権による産業化政策が本格化するにつれて状況は急変した。工場は大都市に集中し、若者たちは農村を離れてソウル、釜山、蔚山の工場へ出勤した。西欧が二世紀をかけてゆっくりと経験した分離が、韓国では一世代のうちに完了したのである。
韓国都市のアパートを考えてみよう。そこには田がない。畑もない。家畜もいない。庭もない。機織り機もなく、醤甕台も消えた。残ったのは台所と洗濯機と掃除機である。それすらも近頃は外食と宅配と清掃サービスに外部化されつつある。アパートは人類史上「生産活動が最も少ない家」である。このような空間に成人した子が長時間留まることが問題のように見えるのは当然のことだ。やるべきことが残っていないからである。やろうとしても、できることがない。
そしてまさにこの地点に、ひきこもりが引っ掛かっている。
ひきこもりの二百年の根
ひきこもりが1990年代にはじめて社会的概念として登場したのは偶然ではない。1998年、日本の精神科医・斎藤環が『社会的ひきこもり』を出版してこの概念を立てたとき、日本はすでに戦後の高度成長期を経てバブル経済の崩壊を迎えた後であった。家が仕事場だった時代の記憶は祖父の世代までしか残っておらず、新しい世代にとって「仕事」とはすなわち「家の外の会社」であった。この前提の上で、家にいる青年は自動的に「働いていない人」となった。
韓国で「은둔형 외톶이(ひきこもり的孤立者)」という言説が本格化したのはさらに最近である。2000年代初頭から民間団体を中心に議論が始まり、2021年にソウル市が全国ではじめて関連条例を制定し、2024年に「ソウル青年기지개(キジゲ、伸び)センター」が開館した。中央政府レベルでは2023年末にようやく初めての「孤立・ひきこもり青年支援方策」が発表された。政策がはじまってまだ二年あまりである。日本の三十年と比べれば、始まったばかりと言ってよい。
この時差を踏まえれば、ひきこもりは1998年に発見された現象ではなく、二百年前に蒔かれた種が今、目の前に姿を現した結果と見なければならない。家が仕事場でなくなったまさにその瞬間に種が蒔かれた。家に残った労働が「仕事」と認められなくなったまさにその瞬間に、この問題の論理的条件が整ったのである。それ以後の二百年間、家にいる若者は、ますます「異常」と規定されていった。そしてその規定の最終形態が、ひきこもりという名のもとに今、私たちの前に来ている。
二重の軽視
もう一つ指摘しておかなければならないことがある。家事労働軽視には、実は二つの層が重なっている。第一の層は「無賃金」という理由で軽視される層である。第二の層は「主に女性の仕事」という理由で軽視される層である。この二つの層が重なって、家事労働はこの二百年間、二重に格下げされてきた。
男性が家事をすることを社会が特別に褒めたり、特別に嘲笑したりする理由がここにある。褒めは「男性が女性の仕事までこなす」という意味であり、嘲笑は「男性が女性の仕事などする」という意味である。二つの反応はいずれも家事労働を「女性の仕事」と前提している点において同じである。この前提が敷かれている限り、ひきこもりの男性が家事をすることは「価値ある仕事をしている」とは解釈されず、「女たちがするような仕事をしている」と解釈される。これは誤った前提である。産業革命以前にも男女の仕事は分かれていたが、分かれた二つの領域はいずれも「仕事」として認められていた。女性が家でビールを造り、チーズを作り、布を織ることは家庭経済の生産活動であり、その寄与は男性の農作業と種類が違うだけで、決して低く評価されてはいなかった。家事労働が「本物の仕事ではないもの」へと沈んだのは産業革命以後である。生産が工場へ移り、賃金を受け取ることだけが「仕事」と定義されるにつれ、家に残った労働はその定義の外へ押し出された。そしてその労働を主に女性が担っていたために、二つの層の軽視が重なって積もった。今、家事を「女たちの仕事」と低く見る視線は、性別の自然な秩序ではなく、二百年ものの経済構造の副産物である。
5. 家事から、小さな階段から
では何を違った目で見ることができるのか。部屋の中にいる一人の人、そしてその一人の家族と周囲の人が、今まさに違って見られるものがある。それが家事である。
小さな成就の原理
疲弊した人に大きなことを求めれば、再び疲弊する。これは心理学で古くから確認された原理である。1970年代にピーター・ルーウィンソン(Peter Lewinsohn)が提唱した行動活性化(Behavioral Activation)理論は、うつと回避の悪循環を小さな行動から断ち切る方法を提示した。活動が減れば報酬が減り、報酬が減ればまた活動が減るという環が、うつを維持させるのだ、と。この環を断ち切る方法は、大きな意欲を待つことではなく、小さな行動を先に実行することである。小さな行動 → 小さな報酬 → 少し増えた意欲 → 少し大きな行動。このように階段を上るのだ。
この原理はひきこもり介入にも少しずつ適用されている。日本の臨床研究者である久保らは、2023年に『Japanese Psychological Research』に発表した無作為化比較試験で、「スモール・ステップ・アプローチ(small-step approach)」を公式のプログラム要素として組み込んだ。日本政府のひきこもり支援ガイドラインも四段階アプローチを推奨している。家族支援 → 個人支援 → 中間集団訓練 → 社会参加。一度に社会へ送り出さず、階段に分けるのだ。
この階段の最も低い段は何であるべきか。現在の臨床文献は概して「散歩に出てみる」「友人に連絡する」「相談センターを訪ねる」のようなものを最初の段として提示する。しかし部屋の外に出られない人にとって、これらは依然として高すぎる段である。もっと低い最初の段が必要である。
その最初の段は、家の中にあるべきだ。
家事が最初の段である
家にいる人が家の中で最も低く始められる仕事は家事である。皿洗い一つ、洗濯一つ、買い物一つ。これの何がそんなに大したことかと問われるかもしれない。しかし部屋で数日、数週、数ヶ月を過ごした人にとって、皿一枚を洗うことはマラソン完走に比肩する成就となる。成就の大きさは絶対的ではない。その人の現在の位置によって決まる。ベッドから台所の流しまでの三歩が、ある人にはエベレスト登頂より重いこともある。
そしてこの最初の段が大切な理由がもう一つある。家事は結果がすぐに目に見える。皿を洗えば食器がきれいになる。洗濯機を回せば畳まれた服が出てくる。部屋を片付ければ部屋が片付く。この可視性が小さな成就を「成就」として確定させる。抽象的な目標ではなく、目で確認できる変化である。疲弊状態から抜け出す最初の段階には、まさにこのような可視性が必要である。
家事が積み重なると何が変わるのか。生活のリズムが戻ってくる。一定の時間に起きてご飯を炊き、皿を洗い、洗濯機を回す、その繰り返しが、乱れた身体時計を再び合わせる。そして「私は今日、何かを成し遂げた」という感覚が、少しずつ積もっていく。この感覚が積もれば、次の段が可能になる。家の前のコンビニへ行ってくること。散歩に出ること。友人に連絡すること。短期のアルバイトを調べてみること。そして最終的には、社会的成就に該当する仕事まで。これが筆者の言う「本当に好きなこと、本当にやりたいことができるようになる準備」である。家事はその準備の最も低い出発点である。
親が対価を支払うという仕掛け
ここからもう一歩進まなければならない。親がその家事に対価を支払うことである。家事をした日には一定の小遣いを与えるという簡単な約束から始めることができる。金額の多寡は重要ではない。重要なのは「労働 → 対価」という構造が成立するという事実そのものである。
なぜこれが必要なのか。成就を成就として確定させるのは結果の可視性だと先ほど述べた。ところがその可視性には二つの形がある。一つは結果物そのものの可視性(きれいになった食器、畳まれた洗濯物)であり、もう一つは社会的承認の可視性(お金、感謝、褒め)である。この二つが共に存在するとき、成就の感覚が最も強く成立する。家事をしても何の反応もなければ、それは「当然すべきもの」となる。しかし家事をしたときに小さな金銭的承認が伴えば、それは「私がして何かを得た仕事」となる。
この仕掛けは単なる感情的な慰めではない。これは、筆者が先に指摘した二百年間の歴史的倒錯を、局所的にではあれ回復する行為である。家事労働が「仕事」のカテゴリーから押し出された理由が「賃金がない」ということだったとすれば、賃金を付ける行為はその倒錯をひっくり返す最小単位のジェスチャーである。親と子の間で交わされる小遣いが、世界経済を変えることはない。しかし一つの家庭の中で、家事労働が再び「仕事」として再定義される瞬間をつくる。
中国の事例
これは想像ではなく、すでに起きていることである。中国では2020年代初頭から「全職児女(ぜんしょくじじょ)」という現象が広がっている。成人した子が親から月給を受け取り、家事と家族介護を専任する形である。月給は地域によって異なるが、おおむね4千元から8千元、すなわち平均的な労働者の月給水準である。具体的な業務は料理、買い物、親の通院付き添い、週末の家族旅行の計画などである。中国のSNSである小紅書(シャオホンシュー)には「全職児女(#全职儿女)」のハッシュタグのもとに数十万件の投稿が並んでいる。
この現象は批判と擁護の両側から注目されている。批判論者はこれが2000年代に流行した「啃老(ケンラオ、親を齧る)」現象の再包装だと見る。擁護論者はこれが高齢化社会における家族介護の新しい形だと見る。筆者が見るに、この二つの解釈はいずれも部分的にしか正しくない。全職児女現象の本当の意味は、家事労働と家族介護が「仕事」として再認定される過程が、一つの社会の中で実際に可能であるという実験事例である、という点にある。この実験が永続化すれば問題になるが、一時的な準備期間として機能すれば、設計可能な社会的装置となる。
産業化時代という条件
ここに一つ、但し書きが必要である。このすべての提案が前提としているのは、私たちが依然として産業化時代に生きているという事実である。家に田はない。布を織る機織り機もない。家畜を飼う外厩もない。したがって家事だけで一生を生きていくことはできない。朝鮮時代の農家であれば家で一生働くことが普通だったが、今のアパートはそれを許さない空間である。家の中の労働だけでは衣食住を持続的に解決できず、経済活動の拡張も不可能である。
だから家事は最初の段であって、最後の段ではない。この点は明確でなければならない。ひきこもりの青年を家に永遠に留めようという提案ではない。家から始めて、結局は家の外へ出ていく旅路を設計しようという提案である。家事はその旅路の出発線である。その出発線で小さな成就が積み重なれば、その次の段は自ずと見えはじめる。家の前の店へ行ってみる、誰かと簡単なやりとりをする、一日に一度出かけて帰ってくる習慣、短時間のアルバイト、持続的な所得活動。この階段を踏んで上がり、最終的にその人が本当にやりたいと願う仕事に届く地点まで行くのである。その地点がどこかは人によって違う。ある人は会社に入り、ある人は個人事業を始め、ある人は創作をし、ある人はまた別の道を探す。大切なのは、その道に「行く途中である」という感覚である。家事は、その「行く途中である」最初の一歩を踏ませる仕掛けである。
親の支援がない場合
この提案には明らかな限界がある。家事を通じた準備期間は、親や家族が経済的に支援できるときにのみ可能である。実際、ひきこもり状態そのものが「誰かが金を出している」状況でのみ成立する。親が支援できなければ、青年はどのみち外へ出なければならない。経済的必要が彼を外へ押し出すからである。
この限界を否定する必要はない。ただ、この限界が提案を無力化するわけではない。理由は三つある。第一に、韓国の54万人の孤立・ひきこもり青年のうち相当数が実際には親と共に暮らしている。この現実に対応する提案として、これは有効である。第二に、親が支援できない場合には国家や自治体がその役割を一部担うことができる。青年の求職活動支援金、ベーシックインカムの実験、自治体の緊急生計支援が、この方向の初期形態である。ヨーロッパ一部の国の家族介護手当も類似の構造である。家庭単位で成立した原理を、社会単位へ拡張する道が残っている。第三に、これが最も重要であるが、この提案の核心は「お金を出す」ことではなく「家事を仕事として見る」ことにある。お金はその承認の一つの形にすぎない。親が経済的余裕がなくても、「あなたが今日、家を片付けてくれたおかげで母が楽になった」という一言が、成就確定の役割を一部代替することができる。言葉がお金を代替することができるのだ。
6. 二百年後の、ある部屋で
ひきこもりは1998年に発見された現象ではない。二百年前に蒔かれた種が、今、私たちの前に姿を現した結果である。家が仕事場であることをやめたまさにその瞬間に、家にいる人は「働いていない人」へと再定義されはじめた。その再定義が家事労働を労働のカテゴリーから追い出し、その追い出しが特に男性が家にいることを恥ずかしいものとし、その恥が今、ある青年の閉じた部屋の扉の前に重く積もっている。
彼らを部屋から出させることが答えではない。彼らが部屋の中でしていることを仕事として見ることが、はじまりである。皿洗い一つも労働である。洗濯一つも労働である。人類は数千年間、そのように生きてきた。過ぎた二百年だけが例外だった。私たちがこの例外を歴史の正常であるかのように扱うその瞬間、ある青年の準備は逃避と誤解され、誤解は圧迫となり、圧迫は彼をさらに深い部屋へと押し込む。
提案は一つである。家事を再び「仕事」として見ること、家事に小さな対価をつけること、そしてその小さな成就がさらに大きな成就へとつながる階段を、共に描いてやること。この階段の終わりには、彼が本当にやりたいと願う仕事がある。その仕事まで行くあいだ、家事は脱落の証拠ではなく、準備の証拠である。
誰かが「いつ部屋から出るのか」と問う代わりに、「今日は何を準備したのか」と問うことができるのなら。その一言が変わる瞬間が、二百年前からの誤解が少しでも解けていく、その瞬間になるだろう。
参考文献
保健福祉部(大韓民国)『孤立・ひきこもり青年支援方策』青年政策調整委員会発表資料、2023年。
ソウル特別市『ソウル市孤立・ひきこもり青年総合支援計画』ソウル青年기지개センター開館資料、2024年。
内閣府『こども・若者の意識と生活に関する調査』2023年(2022年実施分)。
斎藤環『社会的ひきこもり―終わらない思春期』PHP研究所、1998年。
Kato, T. A., Kanba, S., & Teo, A. R. (2019). Hikikomori: Multidimensional understanding, assessment, and future international perspectives. World Psychiatry, 18(2), 160–161.
Kato, T. A., & Kanba, S. (2024). Shifting the paradigm of social withdrawal: a new era of coexisting pathological and non-pathological hikikomori. Current Opinion in Psychiatry.
Kubo, H., et al. (2023). Development of a 3-Day Intervention Program for Family Members of Hikikomori Sufferers. Japanese Psychological Research.
Teo, A. R., & Gaw, A. C. (2010). Hikikomori, a Japanese culture-bound syndrome of social withdrawal?: A proposal for DSM-5. The Journal of Nervous and Mental Disease, 198(6), 444–449.
Tamura, T., et al. (2025). The hikikomori population varies significantly depending on the definition used: Evidence from a survey in Kasama, Ibaraki, Japan. Psychiatry and Clinical Neurosciences.
Laslett, P. (1965). The World We Have Lost: England Before the Industrial Age. Methuen.
Clark, A. (1919). Working Life of Women in the Seventeenth Century. George Routledge & Sons.
Whittle, J., & Hailwood, M. (2020). The gender division of labour in early modern England. The Economic History Review, 73(1), 3–32.
Engels, F. (1884). Der Ursprung der Familie, des Privateigentums und des Staats(『家族・私有財産・国家の起源』).
Davidoff, L., & Hall, C. (1987). Family Fortunes: Men and Women of the English Middle Class, 1780–1850. University of Chicago Press.
Hochschild, A. R. (1989). The Second Shift: Working Parents and the Revolution at Home. Viking Penguin.
Lewinsohn, P. M. (1974). A behavioral approach to depression. In R. J. Friedman & M. M. Katz (Eds.), The Psychology of Depression: Contemporary Theory and Research. Wiley.
Martell, C. R., Addis, M. E., & Jacobson, N. S. (2001). Depression in Context: Strategies for Guided Action. W. W. Norton.
South China Morning Post、CNN、NBC News などによる「全職児女(全职儿女)」現象関連報道(2023–2024年)。
Nippon.com "Survey Findings Suggest Japan Has More than 1 Million 'Hikikomori'." 2023.
韓国青年財団『孤立・ひきこもり青年実態調査報告書』2022–2024年。
Asia Pacific Foundation of Canada "2% of Japanese Labour Force Could be 'Modern-day Recluses'." 2023.
安承源 / Wonbrand / https://wonbrand.co.kr
